幸→兼+三

武蔵の章・江戸城攻略戦をベースにした捏造妄想文です。武蔵もちょっと出てきます。
傾向とベースにした舞台を見れば大体察しが付くと思いますが、読んで気分の良くなるものではありません。
その点を御承知になった上で、お進みください。

炎に彩られた江戸城の天守閣に、その人はいた。

「…兼続殿」

名前を呼ばれ、彼はゆっくりと面を上げる。
その表情は一目で分かるほど憔悴しきっており、幸村は喉元を掴まれたような息苦しさを覚えて
ぐっと一つ息を飲み込んだ。

誰よりも大切な人がここまで追い詰められていた。
その事に気付けなかった己の愚かさを、今、幸村は心底呪っていた。
大阪で久々に再会したあの時に、もっと何か出来ていれば。
そうしたら、今またこんな状況で邂逅せずに済んだかもしれない。
何処へもやり場のない怒りがふつふつと沸き上がり、幸村の槍を握る手に自然と力が入る。

だがその一方で、幸村はそんな兼続の姿にこの上ない美しさを感じていた。
兼続の整った顔立ちに宿る蔭りは、ある種退廃的な美を醸し出している。
それは悲しくも痛々しい程に清らかで、幸村の視線を捉えて離さなかった。

己の名を呼んだあと、ただ呆然と立ち尽くす幸村を見つめる兼続の瞳には、かつての輝きはない。
今は代わりに明々と燃え盛る炎がゆらゆらと映り込み、さながら彼の悲壮な決意を表しているようにも見えた。

「…お前が来るのを待っていたよ」

そう告げられた刹那、幸村の胸の内から今までの思い出と共にさまざまな疑問が堰を切ったように溢れ出す。
なぜ。
どうして。
本当にこれがあなたの望んだ道なのですか?
もう昔のように、共に理想を語る事はできないのですか?

私では――三成殿の代わりにはなれないのですか?

「…すまない、幸村」

聞きたい事は沢山ある。
だが一つとして言葉にできない幸村の心情を読み取ったように、兼続がぽつりと呟いた。

「すまないと思うのでしたら、何故…ッ!?」

言い終わる前に、槍を握る両手に鈍い衝撃が走る。
兼続は幸村の返事を待たずに斬りかかって来た。
それをぎりぎり槍の柄で食い止めたものの、幸村の頭は突然の事に混乱を来たす。
しかし少しでも気を抜けばすぐに押し切られてしまいそうな程、その手には渾身の力が込められており、
ああこの人は本気で自分を殺そうとしているのだ、と気が動転しながらもどこか冷静な頭で幸村は考えていた。
だがここで負けてはいけない。兼続の目を覚まさせなければ。

「私を殺して…あなたも死んで…それが何になるのです…!」

兼続の顔に浮かぶ苦悩の表情が、より一層強くなる。

「何にもならない事は分かっている…分かっているが」

 どうしようもないのだ。
 理性では分かり切っている事も、感情の波には逆らえない。
 自分は理想をなくした。あの日に。

「…すまない」

「こんな事を…三成殿は望んでいると思うのですか!?」

「…!!」

三成と言う言葉に、兼続の手に込められた力が一瞬怯む。
その一瞬の隙に幸村が全体重を槍の柄にかけて押し返せば、兼続の身体は均衡を崩し、
あっけなく後方へとなぎ倒された。

ごうごうと炎が唸る音がする。
兼続はしゃがみ込んだまま、立ち上がろうとしない。
今なら武器を取り上げられる、が、幸村の意思とは逆にその足は前に進むことを拒んだ。
幾多の修羅場を潜り抜け、日本一の兵とまで賞された、それなのに。

幸村は今、酷く怯えていた。

これ以上はないと思った得難い友――そして密かに慕い続けていたその人と、刃を合わせると言う事に。

しばしの間が空いた後、兼続が俯いたまま、
「三成…か」
と自嘲するように低く吐き捨て、おもむろに幸村を見上げた。

その頬が、濡れていた。

「三成は、もう…何処にもいないのだよ」

誰に話し掛けるでもない、独り言のように呟きながら、兼続がゆっくりと立ち上がる。
逆巻く炎の熱でゆらゆらと歪む姿は実体のない幻のようで。

 …ああ、いっそ、これが夢ならば。

 それなら、どうか早く覚めてくれ。

 私はもう、誰も失いたくないのだ。

どれほど武器を合わせただろう。
勢いを増していく炎と、いつ終わるとも知れない戦いに、徐々に思考が奪われていく。
もうこのまま此処で共に果てるしかないのか、そんな事すら頭を過ぎり始めた幸村の後方で、
焼き尽くされて自らの重さに耐え切れなくなった柱が突然大きな音を立てて崩れ落ちた。
途端に辺り一面が煤と煙に覆われる。

咳き込みながら、反射的に顔面を庇うように腕をかざした幸村に、
恐ろしい程の殺気が襲いかかって来たのと、
それを排除しようと幸村が本能的に槍を薙払ったのは、ほぼ同時だった。

「ぐあ…っ!」

確かな手応えと低い呻き声に瞬時に現実に引き戻され、はっと音のした方向に視線を送る。

「兼続殿…!!」

気付けば槍をも投げ捨てて走り出していた。
俯せに倒れている身体を起こし、こちらを向かせれば、手に温かい滑りがまとわり付く。
探さずとも、兼続の白い羽織が横腹の辺りから徐々に真っ赤に染まって行くのが見えた。

「ゆき、…むら」

「喋らないで下さい!今血を止めますから」

そう言って自らの衣を掴んだ幸村の手に、兼続の手が重なる。
何事かとその顔に視線を移すと、兼続は微笑みながら顔をゆっくりと横に振っていた。

「これで、いい…頼む」

「兼続殿…」

兼続の頬に温い雫がひとつふたつ落ちて、流れて行く。

「嫌です…いやです、死んではいけません、かねつぐどの…っ」

涙で声が詰まって、最後は言葉にならなかった。
そのまま崩れるように頭を兼続の胸に押し付け、幸村は子供のように泣きじゃくった。
その間にも、重ねられた兼続の手に宿る温度は少しずつ消えて行く。

「泣くな、…幸村」

「いやだ…嫌だ…っ」

ぶんぶんと頭を振る幸村を宥めるように、兼続の指が優しい手つきで幸村の髪を梳く。

「本当に…いつまで経っても、お前は…子供だ、な」

言い終わるや否や、その手が力なく崩れ落ちた。

「幸村!どこだ…くそっ」

二本の刀で火の粉を払いながら、武蔵はひたすら幸村の姿を探していた。
炎に足止めされてなかなか奥へ進めない。
容赦なく吹き付ける熱風に顔をしかめつつ、人影を求めて周囲を見回す。
と、隅の方に、重なるように倒れている二つの影が目に入った。

「幸村!幸村か!?」

慌てて近くに駆け寄り、影の一つが赤い鎧に身を包んでいる事にほっと息をつく。
ぐいと肩を掴んで覗き込めば、まだかすかに息があるようだった。

「おい、幸村!目ェ覚ませ、逃げるぞ!!」

「う…ぁ、…武蔵…?」

何度か乱暴に身体を揺すられ、幸村が意識を取り戻した。

「そうだ、俺だ。城中火が回っててかなりやばいぜ、早く逃げねぇとお前も俺も焼け死んじまう…立てるか?」

「あ、では、兼続殿も一緒に…」

「兼続?」

幸村が抱き抱えている男の顔を一目見て、武蔵は思わず眉を顰めた。
その顔色と生気の無さが、もう彼に息が無い事をはっきりと示していたからだ。

「幸村、そいつは…もう駄目だ」

「でもこの人を置いてなど行けない、それならば私も」

「幸村!!」

半ば錯乱気味の幸村に、このままでは埒があかない、そう思った武蔵は力任せにその頬を張った。

「しっかりしろ幸村!いいか、俺はお前が何と言おうとお前を連れて逃げる、それはお前が生きてるからだ!
だが兼続はもう死んじまってる、だから連れては行けねえ!分かったか!」

そこまで一息に告げると、武蔵は有無をいわさぬ勢いで幸村の身体を掴み上げて脇に抱え、
引きずるようにしながら出口へと一直線に向かい始めた。

「武蔵、放してくれ!兼続殿が、兼続殿が…っ」

必死にもがいて武蔵の腕から逃れようとするが、がっしりと捕えられた身体は全く自由が効かない。
出口に近づくにつれて、幸村の目に映る兼続の姿は段々と小さくなっていき、
やがて燃え盛る炎以外、何も見えなくなった。

城が、焼け落ちていく。
寸での所で何とか脱出できた武蔵と幸村は、城門の外からその光景を見つめていた。
その内全てを焼き尽くした炎が消えて行き、ほぼ燻っている状態になっても、二人の間には沈黙が続いた。
武蔵は何か言おうと幸村を見るが、結局掛ける言葉が思い付かず目を逸らしてしまう。
そんな事を何度か繰り返していると、幸村の方が先に口を開いた。

「なあ、武蔵…人を活かす剣とは何だろう」

「っ、それは…」

思いもよらない問い掛けに、言葉が詰まる。

「…俺にもまだ、よく分からねえ。だが、必ずある筈だ」

人の命を奪うのではなく、生きる力を与える剣。

「私にも、いつか見つけられるだろうか」

「ああ、お前なら出来るさ」

余りに断定的な武蔵の口振りに、思わず幸村は武蔵を見やった。

「お前にはお前の、俺には俺の…人を活かす剣がきっとある」

「だが私は、一番生きて欲しいと願った人の命を、この手で…散らせてしまった」

「だからこそだ、幸村」

「武蔵…」

「辛いだろうが、今日の事は絶対に忘れるんじゃないぜ。きっとそれが、お前の剣への近道になる」

 その存在が自分の中で大きければ大きい程。

そこまで言うと、武蔵は幸村から視線を外して空を見上げた。
つられて幸村も顔を上げる。

いつの間にか、止んだはずの雪が降っていた。
全てを浄化するように雪は静かに淡々と降り積もっていく。
ふと、幸村の脳裏に小田原での光景が過ぎる。
そこには確かに同じ志を胸に友情を誓った友がいた。
それは今でも輝いて見える、かけがえのない記憶。
幸村は静かに眼を閉じると、何かを決意したように深く頷いた。

 ――私はもう、誰も失いたくないのだ。

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